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週末は人と会う用事が重なり、次の予定まで時間に
空きが出たので
ふらふらしていたら、歯医者を見つけた。
これ、大丈夫かなと思いつつも歯石とりを
してもらいたいと思ってたので突撃。
 
結果からすると歯石取りは正常に終了。
費用は受付で1800円~2400円くらいといわれ、
終わったら3000円だった。

「受付と話が違う」

といったら理由は

「普通よりも汚いから」

とのこと。なんじゃそれと思いながらも仕方なく払う。
そのかわり、次回来たら2400円で良いから、とのこと。

ますますなんじゃそれ。

その歯医者は、約10年ロンドンの歯科で仕事をした後に
マレーシアに戻ってきたらしい。子供は2人いるらしく、
ロンドンでとった写真が机の上にあった。二人とも
ロンドンスクールオブエコノミクスをでて、一人は
リーマン経由で野村、もう一人はバンカメで会計監査らしい。

なんか2000年代前半ぽいな。ってかリーマンが野村に
合併は2010年くらいか、まぁ細かいことは脇に置くとして。 

「何でマレーシアに戻ってきたんですか」

と聞いたところ

「子供にイギリス人になってほしくなかったから」

という答えが帰ってきた後に、こう続けた。

「向こうで育つと向こうの人間になる。
でも、こっちで育てて向こうの大学に入れれば
そうではなくなる。日本人も、そうだろう?」

その時は「なるほどー」と応えてお茶を濁した。
議論しても意味ないし。でもこの答えに、自分は違和感を持った。

「子供がイギリス人になる」

それって問題なのだろうか?根本は自分の子供と共通の基盤を
持てない、という事態を避けたいという
親の気持ちが原因だと思う。

国籍の価値としては申し訳ないがマレーシア人よりも
イギリス人の方が
価値は高いと個人的には思う。
選べるならイギリスパスポートを持つ方がいいだろう。

または、比較的理解できる理由としては、イギリスで勉強を
あまりしない子供と一緒の学校に通わせてしまい、結果
自分の子供をそれに染めてしまうよりも、帰国して
マレーシアの一番レベルが高い教育をしたほうが
将来子供の為になると思った、というのなら分かる。

でもここでの問題は、国籍とか教育どうこうよりも
アイデンティティとか文化的な面での話だと思う。
教育なら個人的には納得いくが、アイデンティティが
最優先の思考だとがあまり受け入れられない。
 
子供が自分で望んでイギリスの文化を好んだり
アメリカの文化を好んだり、またはユダヤ教徒に
なったりヒンズー教徒になって何か問題でもあるのだろうか?
私は本人の選択なら問題ないように思うのだが、どうだろうか。

もちろん親からすれば自分の子供のことだから、思い入れが
あるのは当然だろう。親が子供の幸せを願うのは当たり前だ。
でも
たとえば子供が選んで南米の人と結婚して南米に行く事が
間違っていると親に言う権利や、子育てを間違えたと親が
思う権利はあるのだろうか。私はないと思う。

それよりも「イギリス人になった」ことで子供にとってマイナスに
なるというか問題になるのは何なのだろうか。それはもしかしたら
自分の子供が
他国文化の悪い影響を受けることだろうか。

でもそもそも

「悪い」

という相対的価値観自体どうなのだろうか。fxxkとか
sxxtとか発言する子供になって欲しくないのだろうか。

ならそれを親として注意して止めさせればいい。
日本の子供だって

「ち○こ!」

と言って親から怒られるというのはよくある話だ。

そもそも、それが悪いかを決めるのは親である自分
(または社会)であって、子供が自分で悪いと決めた訳ではない。
子供が一定の年齢になった上で、
自分で「悪い」文化が
好きならそれはそれだと思う。

それがドラッグとかなら国も関係なくアウトな話で、
どこに住んでも子供にちゃんと目を配って時間を
共にすることができれば、人としてのマナーの大切さや
麻薬には手を出しちゃダメですよとか
を教える事は
できると思う。いつも一緒に
生活をしている中、様々な面で
子供のしつけについて改善を図る事は可能だろう。

根本原因は、個人的には、親→子供に対する所有欲求とそれを
感じた子供→親のネガティブな感情かもしれないと思う。

例えば親の「お前のため」という錦の御旗に対する子供の
「お前のためっていう「お前」のため」っていう気持ちみたいな。
 
その裏には、子供に自分が理解できる範囲の存在でいてほしい
という親のエゴがあるように感じるのは私だけだろうか。つまり
親が異文化への理解や適応ができていないことから生じる
問題を子供のせいにすり替えているのではないだろうか。
(子供にも親という異文化を理解しようとする努力は必要だが) 

変な例だが、居酒屋で一人カシスオレンジを頼む
新米サラリーマンをdisるおっさんのメンタリティーと重なる。

そりゃ、好みが同じなら楽だけどさ。違う酒でも良いじゃん。
日本酒オンリーなおっさんとワイン大好きな子供で
それぞれが違う酒を酌み交わすテーブルみたいな。

逆に、欧米系の人が

「自分の子供がアジア人になってほしくない」

と言って母国に引き上げるという話はあまり聞かない。

要するに、ある意味で悪く言うとアジア系の親の子離れできなさ
と欧米系の個人主義の現われというか、子供がいることで親が
「親」たるアイデンティティを保ち
続けたいという気持ちの表れ
なのではないかと思う。その際に、自分の
子供と共通の基盤を
持てない、というのを避けたいという
親の気持ちが原因。
そのため、子供を自分と共通の土俵に載せたい、という感じ。
でも、それは本当に子供にとってベストなのだろうか? 

もっと言うと子供が親の思い通りになってほしい
という気持ちの裏返しなのだと思う。

子供が成長して親の思い通りになることもほとんど
ないのだからブードゥー教でも何でも自分の意思で
選ばせるべきだと思う。アドバイスはしてもね。

ま、子育てしてない私にはあまり言う資格はないのでしょうが。
ようわからんまま何となく書いてしまったけど。